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【おもちゃが紡ぐ親子の絆】「あそびのむし」がもたらす子どもたちの変化。夢中になって「遊ぶ」ことの大切さ

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千葉県千葉市にある子育て支援ステーション ニッセで開催された「あそびのむし」お披露目会の様子
この記事のPOINT!
  • 難病児のためのおもちゃセット「あそびのむし」は“遊び”の時間を楽しむためのもの
  • いろんな遊び方があることを子どもたちが発見し、大人が教わることもある
  • 「あそびのむし」は子どもたちの「遊ぶ」意欲をかき立て、緩やかに成長を促す

取材:日本財団ジャーナル編集部

難病児とその家族にこそ「あそび」の時間が必要だ――。

そのコンセプトでスタートした「あそびのむし」(別ウィンドウで開く)プロジェクト。東京おもちゃ美術館(別ウィンドウで開く)の副館長を務める石井今日子(いしい・きょうこ)さんと、日本財団職員の中嶋弓子(なかじま・ゆみこ)さんが先頭に立ち、医療的ケアに追われる子どもとその家族に向けたおもちゃセットの開発を進めてきた。

2019年初夏にスタートして半年かけて完成した「あそびのむし」には、世界中から集められた約50種類のおもちゃが詰め込まれている。あそび方も多種多様で、難病の子どもだけではなく、老若男女誰もが楽しめることを目指した。

そんな「あそびのむし」は、医療や福祉の現場でどのように活用されているのか。実際におもちゃセットを受け取り、日々、子どもたちと一緒に遊んでいる施設のスタッフの皆さんにお話を伺った。

子どもたちに必要なのは純粋に「遊ぶ」こと

千葉県千葉市にある子育て支援ステーション ニッセ(別ウィンドウで開く)は、医療法人社団中村内科クリニックのそばにある施設で、同クリニックの理事である中村令子(なかむら・りょうこ)さんが2015年に立ち上げた。

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オンラインで取材に応じてくれた子育て支援ステーション ニッセ代表の中村さん

中村さんはニッセを拠点に、地域の子どもたちと子育て家庭、子育て支援に関わる個人・団体の活動をサポート。認定NPO法人「芸術と遊び創造協会」が実施する日本で唯一の総合的なおもちゃの認定資格「おもちゃコンサルタント」の上級資格(別ウィンドウで開く)を有し、子育てや遊びに関するさまざまな情報提供や相談に応じるだけでなく、難病児とその家族を対象としたおもちゃで遊ぶイベント「スマイルデー in 千葉」も開催している。

「東京おもちゃ美術館で行われたスマイルデー(別ウィンドウで開く)におもちゃコンサルタントとして参加した時に、難病のお子さんと親御さんたちが本当にリラックスされていて。その表情を見て、彼らにとって安心・安全な場所は守らなければいけないと思ったんです。ただ、ニッセでスマイルデーを開催することを決めた時は、正直、不安もありました。私は医療従事者でもあるので、子どもの疾病名を聞くと、どうしても『じゃあ、こういうことはできない。やっちゃいけない』と考えてしまう。それが難病児のご家族との間に余計な壁をつくってしまうのではないか、と。でも、いざ開催するにあたっては、疾病名を詳しく聞くことはせず、ただただ楽しく遊び、皆さんと触れ合うことを重視しました。その結果、いつも参加してくださるご家族も少しずつ増えてきていて、手応えを感じています」

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ニッセで行われた「あそびのむし」お披露目会の様子。写真提供:子育て支援ステーション ニッセ

ニッセには2020年12月に「あそびのむし」が届き、難病児ときょうだい児、その家族を招いてお披露目会を開催したところ大盛り上がり。特に大人たちの反応が印象的だったという。

「それまでニッセには木のおもちゃしかなかったんです。でも、『あそびのむし』によって、バラエティ豊かなおもちゃが揃いました。スタッフも参加した親御さんたちも、みんなうれしくて大騒ぎしましたよ。印象深かったのは、手を自由に動かせないお子さんがダーツで遊んでいた時のこと。その子は投げることができないので、どうするんだろう……と見守っていたら、的を床に置いて、ダーツを上から落としたんです。それで外れた、当たったと喜んでいる。『ああ、こういう遊び方もあるんだ!』と感動しました。『あそびのむし』に入っているおもちゃは『療育』を目的としているものではないんです。ただ、遊びの時間を楽しむだけ。子どもたちにはそれが本当に大事なんだと思います」

「あそびのむし」を通じて障害という壁を越えていく

「あそびのむし」によって、難病児とその家族が夢中になって楽しんでいる姿を目にした中村さんには、今後、目指したい場所がある。

「難病の子、健常の子、全ての子が混ざり合って一緒に遊べる場をつくりたいんです。もちろん難しいことは分かっています。特に難病の子どもを育てている親御さんからすると、周囲の視線が気になるなどの“壁”があると聞いています。でも、だからこそ、『あそびのむし』を通して、病気や障害の有無を越えた関係が築ける場を提供できたらいいな、とより一層思うんです」

また、現場の第一線で活動する立場から、「あそびのむし」に対して求めたいことも見えてきたそうだ。

「『あそびのむし』の配布先は大きな病院が多いのですが、もしもリクエストできるならば、小さな子育て支援施設にも届けてもらいたい。そして、『あそびのむし』に込めた思いをメッセージとして添えてもらいたいんです。『普段、遊びに来られない難病の子どもたちも一緒に遊べるよう、そういう場所が増えるように願いを込めています』と添えてあれば、現場のスタッフたちもその主旨をもっと深く理解できるはず」

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「あそびのむし」のおもちゃの楽器で遊ぶ親子
写真:「あそびのむし」で遊ぶ複数の難病の子どもとその家族。それを見守るニッセのスタッフ
ニッセでは難病児とその家族が安心して遊べる時間を提供している。写真提供:子育て支援ステーション ニッセ

それともう一つ。これは、『あそびのむし』を活用していく上での課題でもあるだろう。

「『あそびのむし』のおもちゃをどのようにメンテナンスしていくのか。これは受け取った側が悩むことだと思うんです。おもちゃはいずれ壊れてしまう。だからこそ定期的なメンテナンスが必要ですが、それには費用が発生します。でも、小さな施設では大きな負担となり、賄いきれない場合も。継続して活用していくためのアイデアや情報なども日本財団さんや他の施設の皆さんと一緒になって考えていける場があるとうれしいですね」

子どもが何を好むのか、初めて分かった

「あそびのむし」が配布された他の施設の方にも反響を伺った。

取材に応じてくれたのは、栃木県宇都宮市で重症障害のある子どもと家族のための支援施設を運営する認定NPO法人うりずん(別ウィンドウで開く)で働く、看護師の大内陽子(おおうち・ようこ)さんと介護士の宇賀神智子(うがじん・ともこ)さんのお2人。

うりずんでは以前、「あそびのむし」開発に向けたヒアリングを行うための難病児とその家族を対象とした「おもちゃの広場」を開催。その後、1カ月にわたって参加者に「あそびのむし」を使ってもらい、実際の使用感や要望などを上げてもらったという経緯がある。

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うりずんに勤務する宇賀神さん(写真左)と大内さん

大内さん「『あそびのむし』にはさまざまなおもちゃが入っていて、子どもたちは私たちの想像を超えた遊び方をしてくれています。むしろ、こちらがいろいろと教わることも多いんです」

宇賀神さん「『あそびのむし』を通して、お気に入りのおもちゃを見つけるお子さんもいます。親御さんから『あのおもちゃ、自宅にも買ったんです』と言われることもあって。『あそびのむし』にはいろんなおもちゃが入っているから、それまで自分の子どもにどんなおもちゃを買ってあげれば良いか悩んでいた親御さんたちも、子どもの好みが分かりやすいんですね。そういう意味でも、すごく助かっています」

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うりずんで「あそびのむし」を使って遊ぶ子どもたち。写真提供:認定NPO法人うりずん

大内さん「それまでお気に入りのキャラクターものでしか遊ばなかった子が、初めて他のおもちゃを手に取ったということもありました。親御さんもとても喜んでいて。『あそびのむし』は新しい発見や気付きを与えてくれています」

続いて取材したのは、東京都足立区にあるNPO法人ソーシャルデベロップメントジャパン(別ウィンドウで開く)。こちらは地域の難病児やその家族を通所事業や相談事業を通して支援する団体である。

その通所支援施設「療育室つばさ」に勤務する保育士の中北礼波(なかきた・れな)さんは、「あそびのむし」開発時からおもちゃの選定などに参加し“保育士の目線”で意見を伝えてきた。

そんな中北さんは、「あそびのむし」に秘められた可能性を次のように話す。

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療育室つばさに勤務する保育士の中北さん

「うちに通っている重症心身障がい児の子どもたちでも遊べるおもちゃがたくさん詰まっています。木の温かみのあるおもちゃもあれば、カラフルで見ているだけで楽しいものもある。どんなお子さんでも楽しめるおもちゃがたくさん入っているのが魅力的です。うまく体を動かすことができない子が、一生懸命に音を鳴らそうとしたりしていて。子どもたちにとって大切な成長意欲の向上にもつながっていると感じます」

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療育室つばさで、「あそびのむし」を楽しんでいる子どもたち。写真提供:NPO法人ソーシャルデベロップメントジャパン

今後は「あそびのむし」を活用して、地域にいる難病児との交流をもっと深めたいと思っているそうだ。

「いまは通所してくれている子たちに向けて活用していますが、今後は居宅事業でも使いたい。訪問介護をしたときに持参して、お風呂や食事介助の合間に『あそびのむし』を使って遊ぶ時間をつくりたいと思っています」

ぞれぞれの施設の取材を通して感じたことは、「あそびのむし」が難病の子どもたちの可能性の幅を広げるのに貢献しているということ。それだけでなく、その家族や施設スタッフの日々の発見や気付きにもつながっているということだ。

子どもにとって「遊び」の時間がどれだけ大切か、改めて感じた。今後、「あそびのむし」のプロジェクトがどのような成果を生み出し、社会に変化をもたらすのか見守っていきたい。

特集【おもちゃが紡ぐ親子の絆】

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