日本財団ジャーナル

【オリ・パラ今昔ものがたり】第1回 2020年大会延期と「新しい戦争」

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1896年、アテネのパナシナイコ競技場で開かれた第1回オリンピック開会式。2020年大会は史上初めて延期された © PHOTO KISHIMOTO

執筆:佐野慎輔

衰えを知らない新型コロナウイルスの感染拡大に、世界保健機関(WHO)がパンデミック(世界的流行)を宣言。世界はいま、この「見えざる敵」と格闘している。日本でも楽しみに待っていた春が奪われ、「緊急事態宣言」が出された。外出自粛にソーシャルディスタンシング(社会的距離)、テレワークに企業や学校の休業など、すっかり私たちの生活は様変わりしてしまった。

IOCは「原則」を曲げた…

スポーツの世界も例外ではない。開幕まで4カ月に迫っていた2020年東京オリンピック・パラリンピックは3月24日に「1年程度の延期」と決まった。さらに6日後、2021年7月23日にオリンピック、8月24日にパラリンピックの開会式を行うことが発表された。しかも2021年ではなく、「2020年大会」としての実施である。

オリンピックはこれまでも中止はあったものの、「延期は史上初めて」となる。原則は4年に1度、オリンピヤードといわれる4年周期の初年度に競技大会を開催してきた。1896年、ギリシャのアテネで第1回大会を開催して以来、不可侵の“法則”であり、『オリンピック憲章』にも定められている。

しかし国際オリンピック委員会(IOC)はその原則を曲げて延期を選択した。「2020年」としたのは、せめてものこだわりだったか。安倍晋三首相を先頭にした日本側の訴えと、オリンピックの永続性を考えた末の判断だったとされる。IOCのトーマス・バッハ会長はこう語った。

「来年のオリンピックは、新型コロナウイルスによる未曾有の危機を乗り越えた人類の祝祭になる」

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IOCトーマス・バッハ会長 © PHOTO KISHIMOTO

IOC会長の発言はアスリートの直面する憂いを和らげ、準備に邁進する大会組織委員会を後押しする。しかし、パンデミックに終息の気配は見られず、競技会場の再調整や費用負担問題など問題は山積み、組織委員会と東京都、日本政府の覚悟が問われている。つらい1年となることは言うまでもない。

覚悟を問われるアスリート

再スタートするアスリートはしかし、この状況下で練習もままならない。加えて練習施設の封鎖という事態にも見舞われた。

オリ・パラアスリート共通の強化拠点、東京・西が丘の「味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)」は5月6日まで利用停止。宿泊棟で合宿していたトップ選手や、日本オリンピック委員会(JOC)の「エリートアカデミー」に参加する中・高校生選手たちは退去を余儀なくされた。

日本財団が開設したパラアスリート専用体育館、東京・お台場の「日本財団パラアリーナ」も閉館。当面は衣替えされて、「医療崩壊」を防ぐために軽症感染者やその家族の滞在施設となる。パラアスリートは一時的にではあるが、頼りの拠点を失った。

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パラアスリートの練習拠点だった日本財団パラアリーナ © PHOTO KISHIMOTO
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2020年4月16日に着工した日本財団パラアリーナ前駐車場

運営する日本財団パラリンピックサポートセンターの山脇康会長は「大変心苦しい思いだ」と前置きして、こう述べている。

「世界各地ですでに起こっていることは、スポーツの域を遥かに超えた人類の危機であり、新型コロナ感染拡大を阻止し、人々の命を守ることにあらゆる手を尽くすことが最優先である」

いまは我慢の時。心を合わせて困難を乗り切らなければ、東京大会の開催もない。

過去3度、オリンピヤードの初年(1916年、40年、44年)に開かれる予定だった5つのオリンピック競技大会(第6回ベルリン、第12回東京→ヘルシンキ・札幌冬季、第13回ロンドン・コルチナ=ダンペッツオ冬季)は、いずれも戦争を理由に中止された。

今回の「見えざる敵」との闘いは「新しい戦争」と言えるが、人類の未来のためにも負けてはならない“戦争”だ。覚悟が問われる。

世界中のアスリートは等しく同じ境遇にある。心を強く持ち、むしろ社会の現実と向き合い、未来に向けた協力を呼びかけてもらいたい。それがスポーツの持つ力であり、アスリートの影響力だと信じている。

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第2次世界大戦の影響を受け中止になった1940年第12回東京大会のポスター © PHOTO KISHIMOTO

『オリ・パラ今昔ものがたり』では、2020年大会の周辺で起きている事どもを歴史を織り交ぜながら物語っていこうと思う。

〈プロフィール〉

佐野慎輔(さの・しんすけ)

日本財団アドバイザー、笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員
尚美学園大学スポーツマネジメント学部教授、産経新聞客員論説委員
1954年、富山県生まれ。早大卒。産経新聞シドニー支局長、編集局次長兼運動部長、取締役サンケイスポーツ代表などを歴任。スポーツ記者歴30年、1994年リレハンメル冬季オリンピック以降、オリンピック・パラリンピック取材に関わってきた。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会メディア委員、ラグビーワールドカップ組織委員会顧問などを務めた。現在は日本オリンピックアカデミー理事、早大、立教大非常勤講師などを務める。東京運動記者クラブ会友。最近の著書に『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田畑政治』『日本オリンピック略史』など、共著には『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』『JOAオリンピック小辞典』『スポーツと地域創生』『スポーツ・エクセレンス』など多数。笹川スポーツ財団の『オリンピック・パラリンピック 残しておきたい物語』『オリンピック・パラリンピック 歴史を刻んだ人びと』『オリンピック・パラリンピックのレガシー』『日本のスポーツとオリンピック・パラリンピックの歴史』の企画、執筆を担当した。

連載【オリ・パラ今昔ものがたり】

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