日本財団ジャーナル

【オリ・パラ今昔ものがたり】第7回 寄付で始まったオリンピック

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近代オリンピック第1回アテネ大会のメインスタジアム“パナシナイコスタジアム”がゴールとなった2004年アテネ大会女子マラソンでゴールに向かう野口みずき(金メダル) ©PHOTO KISHIMOTO

執筆:佐野慎輔

困っている人を助けたい。私もチカラになりたい。そのあなたの想いを、寄付を通じて行動へ。

寄付文化を育てたい

日本財団のホームページをのぞくと、そんなフレーズが飛び込んでくる。寄付を募る惹句(じゃっく)である。自らの基金に多くの企業、個人からの寄付金を加えて、日本財団は今回の新柄コロナウイルスにおいても医療現場で奮闘する医療従事者などへの支援を行っている。

想いがこもった支援の輪は社会課題解決への推進力となろう。『寄付白書2017』によれば2016年の日本の個人寄付総額は7,756億円。米国の2816.6億ドル(約30兆6,664億円)と比べると40分の1に過ぎない。名目GDP比でも0.14パーセントで、米国の1.44パーセントとは比較にならない。寄付文化を日本に広げたい――日本財団の呼びかけには、そうした想いも込められている。

オリンピックの誕生日は6月23日

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初期のIOC委員。左から2人目が近代オリンピックの創始者クーベルタン ©PHOTO KISHIMOTO

いや、寄付文化の話をするつもりはない。あくまでもオリンピックの話、オリンピックが寄付によって始まったという話をしたい。

フランス人貴族、ピエール・ド・クーベルタンが提唱して、古代ギリシャで行われていたオリンピック競技会を今(といっても19世紀)に復興させ、その活動主体としての国際オリンピック委員会(IOC)創設が決まったのは1894年6月23日。パリのソルボンヌ大学講堂に欧米のスポーツ関係者が集まり開催された国際会議の席上だった。

教育者であるクーベルタンは思いを語った。

「スポーツによって心身共に調和のとれた若者を育て、4年に1度、世界中から若者たちが集い、フェアにスポーツで競い、異文化を理解し、政治体制や宗教などの違いを乗り越えて友情を育み、平和な国際社会構築に寄与する」――31歳の高邁な理想である。これは後に「オリンピズム」と呼ばれるオリンピックの理念として継承されることになるのだが、この時、クーベルタンの想いを理解していた人はほとんどいなかったという。

2年後の1896年、IOCはオリンピックの母国ギリシャのアテネで第1回オリンピック競技大会を開く。14カ国・地域から241選手が参加し、陸上、水泳、テニス、レスリングなど8競技43種目を実施した。2020東京大会で予定される206カ国地域から1万1,500選手、33競技339種目の実施とは比較にならない。参加国の大半は欧州勢で、それ以外は米国とチリ、独立国家になる前のオーストラリアのみ。地理的な問題に加えて宣伝不足、英国はIOCと開催国ギリシャからの根回しがなかったことを理由に個人資格での参加にとどまった。

オリンピックを救った大富豪

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古代オリンピックの競技場“スタジオン”を模して造られたパナシナイコスタジアム(1896年第1回アテネ大会) ©PHOTO KISHIMOTO

開催都市アテネは財政的に困窮していた。オスマン帝国からの独立戦争の影響がいまだ尾を引き、政情は不安定で政府支援は期待しようもなかった。開催に賛否ある中、国王ゲオルギオス一世が開催支持を表明、エジプトのアレキサンドリアに住むギリシャ出身の富豪ゲオルギオス・アヴェロフの寄付によってようやく開催に動き出した。

祖国の窮状を耳にしたアヴェロフは、「ギリシャ国家と国民のために」と大会収入233万ドラクマのおよそ半分にあたる121万ドラクマを寄付。これによって古代パンアテナイ競技場跡に5万人収容、大理石造りのパナシナイコ競技場として修復、拡張された。この競技場はいまもアテネ市街にその威容を誇る。2004年アテネ大会女子マラソンで野口みづき選手による歓喜の“金メダルゴール”となったスタジアムである。

このアヴェロフの寄付に刺激された国内外の団体、個人が相次ぎ寄付を申し出た。大会運営費はギリシャのスポーツ団体を統轄するザペイオン協会が負担。腰の重かったアテネ市も10万ドラクマを支出、道路の整備やガス灯の設置、民宿の整備といったインフラを乗り出していく。そうして1896年4月6日、新装パナシナイコ競技場は記念すべき第1回アテネ大会の開会式を迎えたのである。

もし、アヴェロフの寄付がなければ、寄付の広がりが続いただろうか。寄付がなければアテネ大会が予定通り、開催されなかったかもしれない。アテネ大会が実現されなければ1900年パリ、1904年セントルイスと開催は続かず、オリンピックの今日の隆盛はありうべくもなかった。改めて寄付の重さ、寄付文化を広めていく大切さを思う。

ちなみにパリもセントルイスも財源確保に苦しみ、万国博覧会付属の国際競技大会としての開催であった。オリンピック興隆期、脆弱(ぜいじゃく)な財政基盤こそ悩みの種に他ならなかった…。

主な参考図書:『近代オリンピック100年の歩み』日本オリンピック委員会編(ベースボールマガジン社・1994年)。『JOAオリンピック小事典』日本オリンピックアカデミー編(メディアパル・2019年増補改訂)。『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店・2015年)

〈プロフィール〉

佐野慎輔(さの・しんすけ)

日本財団アドバイザー、笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員
尚美学園大学スポーツマネジメント学部教授、産経新聞客員論説委員
1954年、富山県生まれ。早大卒。産経新聞シドニー支局長、編集局次長兼運動部長、取締役サンケイスポーツ代表などを歴任。スポーツ記者歴30年、1994年リレハンメル冬季オリンピック以降、オリンピック・パラリンピック取材に関わってきた。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会メディア委員、ラグビーワールドカップ組織委員会顧問などを務めた。現在は日本オリンピックアカデミー理事、早大、立教大非常勤講師などを務める。東京運動記者クラブ会友。最近の著書に『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田畑政治』『日本オリンピック略史』など、共著には『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』『JOAオリンピック小辞典』『スポーツと地域創生』『スポーツ・エクセレンス』など多数。笹川スポーツ財団の『オリンピック・パラリンピック 残しておきたい物語』『オリンピック・パラリンピック 歴史を刻んだ人びと』『オリンピック・パラリンピックのレガシー』『日本のスポーツとオリンピック・パラリンピックの歴史』の企画、執筆を担当した。

連載【オリ・パラ今昔ものがたり】

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